【真珠葬】愛猫が「真珠」になった瞬間の歓び《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.16
【連載マンガvsコラム】期待しないでいいですか?Vol.16
◼︎妹・吉田潮は【真珠葬】をどうコラムに書いたのか⁉️
「あんたの思い通りになってやったわよッ!」
真珠が2粒、私を威嚇している。ひとつはニョキッと突起のある大粒、もうひとつは光によって表情を変える大粒。紫色にも濃紺にも見える。
この真珠は、一昨年に亡くなった愛猫キクラゲの遺骨からできたもの。友人の増田智江が始めた「真珠葬」にモニターとして参加して1年半。この春、無事に私の手元に帰ってきたのだ。
ペットの遺骨を特殊な樹脂でコーティングして、核(虹守核)にする。それを五島列島の奈留島で、天然のアコヤ貝に育ててもらう。日本でも唯一無二の真珠職人に託して、1年~1年半で真珠に生まれ変わるというのが「真珠葬」である。
最初に話を聞いたときは、正直「なんて気の遠くなる話だ!」と思った。真珠の養殖に詳しくはないが、時間をかけて自然界に託すということだけはわかる。天候や気温、潮の満ち引き、何ひとつ人間の思い通りにはならない海に預けるわけで、託した遺骨がすべて真珠になるとは限らない。それでも、実際に遺骨からできた真珠や奈留島の美しい海の動画を見せてもらって、心は揺らいだ。
キクラゲの遺骨は骨壺に入ったまま家に置いてあった。お墓をつくったり霊園に預ける気にはなれず、亡くなった日から時は止まったままだ。元気だった頃の写真や動画を観ては号泣。ただそばにいるだけでキクラゲの時間は完全に止まっていた。火葬屋にもらったロケットペンダント(ダサいが気に入っている)に尾骨の一部を入れ、外出時には必ず身に着けているのだが、遺骨に直接触れるのはためらわれる。
「もし真珠になったら、身に着けて、四六時中キクに触れられるんだな…」
キクラゲは気性の荒い猫だったが、毛艶はすこぶるよかった。頻繁に噛まれたけれど、毎日のブラッシングは欠かさなかった(というか要求された)。形を変えても触れることができるなら、という思いも強くなった。
託してみようと決めてから、止まっていた時計が動き出した。まず、骨壺の中からひとつが8㎜以内の小さなピースを8つ選ばなければいけない。ずっと閉じていた骨壺を開けた瞬間、私の頭の中のキクラゲがのっそりと起き上がる。真珠葬スタッフの中には、元動物看護師の彩野さんがいる。遺骨を選ぶ際に、それがどの部位の骨なのか、さりげなく教えてくれた。遺骨を選ぶときから、キクラゲの時間が再び動き始めたのだ。ちなみにキクラゲは大きな病気もせず、想像以上に骨も立派だった。8㎜以内の遺骨を探すのにひと苦労。やっぱ一筋縄じゃいかない猫だな…。
こうして2019年9月、キクラゲは奈留島へと旅立った。私も行ったことがない未知の島・奈留島。現地オフィスから彩野さんがLINEで定期的に送ってくれる写真や動画で、真珠葬の進捗状況がわかる。というか、海がめちゃくちゃ綺麗!! 明るくて透明度が高い。こんな綺麗な海にたゆたうことができるキクがうらやましい!
もうこの時点で、私の変化にお気づきだろうか? 亡くなった後、いくら想像してもキクラゲは過去の姿ばかりだった。それが遺骨を選んで、奈留島へ旅立たせ、あたかも生きているかのようにキクラゲを描写している。これから年月をかけて真珠になることを待ち望み、キクラゲの「未来」を想像しているのだ。
ペットロスは、愛しい子にもう二度と触れられない寂しさと、もっと何かしてあげたかったという後悔でできている。小さな命が終わりを迎えて、悲しみから立ち直れないのは、時が止まってしまうからだと思う。よく「虹の橋を渡って待ってくれている」と言うが、あれは過去を思い出して泣き濡れて顔を腫らして暮らしている飼い主に、前を向かせて「未来」を想像させる、素晴らしい表現だなと思う。
真珠葬にもこの効能があると思った。事実、キクラゲの死を伝えるときには必ず真珠葬の話をするようになった。ペットロスは話すほうもツライし、聞くほうも正直しんどい。でも「五島列島の奈留島で真珠になって帰ってくるの!」と朗らかに話せるようになったし、真珠葬の説明をすることで涙腺崩壊も防げる。過去ではなく未来の話をすることが、私にとって救いになったのだ。
彩野さんから送られてくる定期的な報告も、私の頭の中のキクラゲにライブ感を与えてくれる。「キクちゃんが虹守核に変身しました!」「水温と波の関係で核入れは来週まで待つことになりました」「無事核入れが行われました。IC番号を読んでいる写真です」「核入れ後の養生中の写真と昨日の夕日をお届けいたします」「キクちゃんは8個のうち、6枚のアコヤさんが沖に出て、早春の誕生までの間過ごします!」などなど。詳しい手順は真珠葬のホームページを検索してご覧あれ。
写真や動画を観ると、キクラゲと一緒に海にいる気分になれる。彼女の報告は、想像以上に嬉しくて待ち遠しくなった。また、島の景色や新鮮な魚、おいしいかんころ餅情報なども盛り込んでくれたため、心はすっかり奈留島へ。キクラゲが真珠になる頃、絶対に迎えに行こうと決意した。
そして、2021年4月。私は姉と共に奈留島へ。私のキクラゲロスを誰よりも心配してくれた姉についてきてもらった(本音を言えば、運転手要員でもあるのだが)。
キクラゲを1年半、辛抱強く育ててくれたのは、真珠職人の清水多賀夫さん。天然のアコヤ貝を母貝から育てて、大玉の真珠を生み出すプロフェッショナルだ。
最終的には5枚のアコヤ貝が残り、清水さんの手ほどきを受けて慎重に貝を開ける。乳白色の大きな粒がポロリと生まれ、よく見ると突起がある。もうひとつは不思議な色合いのこれまた大粒。どちらも10㎜は超えている。
8ピースのうち2粒ということは、6ピースのキクラゲは海に還ったということだ。遺骨がこんなに綺麗な海に還ったということ自体が弔いにもなると思った。基本は東京の汚れた家にいるが、一部は奈留島の美しい海に。それはそれで素敵だ。
もちろん、ひと粒もできない場合は再度トライできる仕組みになってはいる。とはいえ、愛しい子の骨を微量とはいえ海のどこかにいるという状況が耐えられない人には、真珠葬をお勧めしない。
ちょうど同じ時期に愛犬を真珠葬にしたYさんは、5粒の美しくそろった真珠を見せてくれた。圧巻だった。Yさんは愛犬の死で自律神経に支障をきたし、しばらくの間は味覚障害だったと話してくれた。喪失感の大きさと深さは計り知れないが、真珠葬が心の支えになったことが彼女の表情から伝わってきた。
2粒という結果に清水さんは非常に悔しがっていたのだが、私は「いかにもキクラゲらしいな」と妙な感動も覚えた。爪も鋭く、凶暴だったキクラゲのことだから、まんまるいツルンとした真珠ではなく、どこか尖った粗野な形になりそうだなと思っていたから。ということで、冒頭のキクラゲの声に戻る。おかえり、キクラゲ。
今、キクラゲはふんわりとした純白のお布団が敷いてある小さなアクリルケースに収まっている。当初はアクセサリーにして身に着けようと思っていたけれど、キクラゲらしい突起がそれを拒んでいるような気もした。「持ち運べる小さなお墓」の感覚に変わった。すごく愛おしくて誇らしい小さなお墓だ。
そうそう、大切なこと。お金の話に触れないわけにはいかない。真珠葬費用は49万5000円である。決して安くはない。私はモニターとしてプロモーションに協力(真珠葬のホームページのどこかにキクがいるよ!)することで、特別に半額の24万7500円にしてもらった。いやらしい言い方をすれば、ひと粒が約12万円の真珠となるわけだが、とてもいい供養になった。キクラゲの供養でもあり、私の「気持ちの供養」にもなったから。
今後の人生でキクラゲを語るときに、真珠に生まれ変わったエピソードが加わった。苦しむキクラゲをひとりで看取った凄絶な経験は胸にしまい、湿っぽくならずに死を受けとめたと話せるようになったし、未だ悲しみの淵にいる人に伝えることもできる。奈留島の皆さんと出会い、真珠葬をきっかけに私の世界も広がった。
愛犬や愛猫が亡くなったとき、みなさんはどうしているのだろうか。荼毘に付した後、お寺や霊園に永代供養料を払って納骨するのが一般的なのだろうか。私のように遺骨をずっと家に置いている方も多いのではないか。供養と悲しみの往なし方については人それぞれの考え方があるので、真珠葬をすべての人にお勧めしようとは思わない。ただ、「愛しい子を自然界に託して生まれ変わるのを待つ時間」には、悲しみのベクトルを変えてくれる力があった、ということだけはお伝えしたい。
そして心に決めたことがある。今一緒に暮らしている2匹のきょうだい猫も、いずれは真珠にしたい。まだ3歳と若いので、あと20年は先の話だ。20年後も奈留島の海には真珠を育む美しさを保ってもらわにゃ。清水さんにも現役で頑張ってもらわにゃ。私も頑張って稼がにゃ。ほら、すでに20年後を向く自分がいる。
(連載コラム&漫画「期待しないでいいですか?」次回は来月中頃です)
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毎月14、15日頃連載コラムvsマンガ「期待しないでいいですか?」
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